砂取節(珠洲市)
1(ハエンヤヤッサ ヨイトコサッサ)
ハアとも取り姿やー(ヨイヤー)
おらが殿まのともとり姿やー やれゆらゆらと ハーゆられて波にゃ
(波にゆられてやーれーよ)やんさーゆらゆらとやーえ(以下はやしことば・繰り返し略)
2 ハアしかたの風だよ おらは雇い人だ しかたの風だやー
ヤレ待つばかり ハアー入る場をお日のや ヤンサー待つばかりヤーエ
3 ハア塩浜育ちヤ ヤレかろうござる もろうても娘(娘もろうてもヤレヨ)
ヤンサーかろうござるヤーエ
4 ハアなじみにもてばヤ 浜師男をなじみにもてばヤー
ヤレ土用浜アー ますわい案じ(案じますわいやれヨ)
ヤンサー土用の浜ヤーエ
5 ハア百日浜辺ヤー 塩をとる時ゃ 百日浜辺ヤ
ヤレ見て暮らすアー はせ舟沖の(沖のはせ舟ヤーレヨ)
ヤンサー見て暮らすヤーエ
◆能登半島の突端にある珠洲市の海岸に揚浜式製塩があり、徳川前期(加賀藩主三代利常以前)、この製塩作業者によってうわれたという。揚浜式製塩は世界最古の原始的な製塩方式であって、春まだ早い3月、約4キロ離れた浜にある粒子の細かい砂を木造の舟で運んだといい、この砂運びがとても寒くてきつい作業であったことから唄をうたってそのつらさを紛らしたという。その唄が「砂取節」である。唄には、唄い返しのあることが珍しいとされており、歌詞、歌調とも外浦(七尾湾側を内浦というにこと対することば)特有の貴重な民謡とされている。昭和49年(1974)春、この製塩方式を今でも続けている角花菊太郎氏は、珠洲市で初めて人間文化財に指定されたとともに、この唄は、昭和37年、珠洲市無形文化財に指定、昭和43年、石川県指定無形文化財に指定されている。