末森城(すえもりじょう)(宝達志水町) 作詞:山田三治 作曲:大野みどり
1 加賀能登境(さかい)の末森は これぞ名に負う古戦場
天正半(なかば)の秋深み 紅葉(もみじ)はじめし砦(とりで)おば
佐々(さっさ)の大軍 攻めたてる
2 お安(つね)夫人も槍を取り 死力を尽す城兵を
見殺しならじと駆けつける
鍾馗(しょうき)の旗と閧(とき)の声 鯨ヶ峰に湧きあがる
3 獅子奮迅(ふんじん)の戦いに さしもの佐々(さっさ)も逃げ走る
戦史に薫る功防の 昔を秘める末森は
我が郷土(ふるさと)の誇りなり
◆ 末森城は、宝達志水町の南吉田・竹生野・宿地内に小高い末森山(標高138.8m)が展開する。口能登。宝達山山系の北西の先端部にあたる。ここは、戦国末期の北陸地域の歴史上で重要な役割を果たしたのである。古くから加賀・能登・越中へ通じる交通の要所であった。大正12年(1584)9月、末森合戦が起こったのである。
越中の佐々成政は、前田利家の加賀の・能登の領国を分断するため、末森城の城主の利家の武将・奥村永福(ながとみ)に対し、1万5千の大軍で包囲し、攻撃を仕掛けたのである。千5百しかいない奥村陣営では、誰の目にも勝敗は明らかであったが、金沢城にいた前田利家の援軍が来るまで必死でもちこたえ、数千の援軍とその攻防戦はすざましいものであった。結果的に佐々軍を撃退したのであった。
この戦いを偲んで創作され、平成4年に舞台発表で登場された。